脱力亭日乗

意識が高いことは何もありません。

文章鍛錬として自分がやったこと

ふと、プロットプロットというけれど、思いつくストーリーを文字に落とし込む時、
他の方はどうしているのだろうと思った。

文章力がない、語彙がない、とはよく聞く。私もそう思っていた。
けれど最近は、文章力も語彙力も必要はない気がしてきている。美しい文章、素晴らしい語彙が、その人の考えそのものを的確に出せるかというと、そうでもないと思うからだ。

SNS等で感想や自分の気持ちを的確に書ける人を見ると、よくこの人はすぐ本(同人誌のこと)出せるよね、と友人と話すことがある。
その肝は、自分の感情を言葉に書き表すことができるかだ。
自分はどこがどう面白いのか、感動したのか、どのくらいの気持ちで、と人に伝わるように書ける人は、実はなかなかいない。まずは自分の考えを言語化できるかどうかなのだと思う。

えらそうに言っているが、私は本当に自分の気持ちを表に出すのが苦手だ。へらへら笑っていれば大抵のことはうまくいく、と思っている節がある。
だがそれだけでは人生を渡り歩いていけない時がある。
時として言葉を武器に戦わなくてはいけない。自分を守る防具もまた言葉だ。
それに、自分の考えや萌えを形にして出すことを趣味というかライフワーク的に続けている身としては、常に新しいツールとしての言葉や考えをアップデートしていかなければならないとも思う。

実際の所、それがうまく機能しているとは自分では思っていない。
仕事に疲れ日常に疲れ、ただぼーっと動画を見たりなるべく頭を使わない本を眺めたりして時間を消費することがほとんどだ。だが、いざ自分の本を書くぞとなると肝心の武器も防具も役に立たない。なまくら刀では戦えないのだ。

ということで、私が文章鍛錬と称してあがいてきた内容をいくつか書いていきたいと思う。

 

まずは日記を書く。
これは王道中の王道だ。今日一日会ったことを振り返り言葉にする。素直に文章鍛錬になる。
スマホのメモ帳でもいいけれど、私はノートに書くことを勧める。キーボードを打つ、フリックする速度よりも手で書く速度は大抵遅い。その間、頭の中は文章が駆け巡る。ペンは手綱で、脳の中の思考の暴れ馬をどうどうと操る。次から次へと降ってくるイメージを掴んで、引っ張り下ろしてくる。ペンでそれを絡め取り紙に落とす。私はそんなイメージ。
頭の中で文章が構築されてキーボードおよびフリックできる人はそれでもいい。だがそれには慣れが必要だと感じている。

本・舞台・映画・演芸を見て感想を書く
自分がそれを見てどう思ったか、どう面白かったか、つまらなかったか、どこがよくどこが悪かったかをつぶさに記載することは、かなり有益だと思っている。
最愛の小説が舞台化した際日参したのだが、舞台は生き物だ。台本や演出などが同じであっても、日々演戯や雰囲気、ノリが違う。日替わりもある。日々それを忘れたくなくてメモを取った。その日見られなかった同胞のための伝達手段として、記録として。

人の記憶は案外頼りなくて、簡単に偽装する。脳がそういう風にできているからだ。だから情報が新鮮なうちに記載しておいて、その時の感動をもう一度味わいたいと思っただ。
実際時間を置いて読み返すと、新たな感動があるし、強い衝撃を受けたり、涙を流すほどに感動した作品であっても記憶が曖昧になるということを気づかされる。

できれば本やブルーレイ、映画などの記録媒体ではなく、演劇、歌舞伎、落語、文楽、スポーツなどの瞬間的な感動の記録をおすすめする。
新鮮な記憶を思い出しながら書くことで、鍛えられるものがあると思う。記憶は儚いのですぐ書かないと忘れるし、新鮮さを失う。それに思ったら書く、という反復練習は意外にためになる。

とはいえ感想をかくこともまた難しい。観劇後の興奮で飽和状態の頭で文章をひねり出すなど大変だ。だから、大昔死ぬほど嫌だった夏休みの読書感想文の手法でもいいと思う。案外バカにできない。
率直な感想を書き、その後に理由を書く、という方式。
私はゴンが可哀そうだと思った。なぜなら、言葉がつうじない相手に詫びの気持ちを供物にこめて日参していたのに、本来の意図がよひょうには伝わらなかったからだ。といった体で。


台本を書くように文章を書く
仕事の会議の発表やスペースで話すとき、下案を作成することがある。
要点を考え何を話すかを書き出し、いるいらないを判断する。
台本のように丹念に一文字一句書いて読み上げるわけではない。私は箇条書きにメモに書き、そこに肉付けする、という方法を取っている。
そうすると、人に説明するときにわかりやすい文章、用語を使うのと同様、不要な言葉、冗長な言い回し、同じような内容を繰り返すこと、などに気づく。
人に伝わりやすい文を書くことは意外に技能がいる。
小難しい言葉や文章は一見カッコいいが、その実全く意図が伝わらない。対面だけ取り繕っても意味がないし、自戒も込めて言うが早晩度量がバレる。

文章というのはその人そのものだと思っている。
この人の大事なところは何か。真面目か計画的かいきあたりばったりか、上っ面だけか、豪胆か繊細か、文を拝見してから実際にお会いすると、文を拝見した時に感じたこと大概齟齬がない。

瞬発力を鍛える
書きたかったことや感じた萌えを脳の中でこねくり回して大事に大事にあっためていても、発酵しすぎて書き出したときに別物になる。時間の経過とともに記憶も感情も薄れ、雑念が混じり、思っていた通りにはならなくなる。
だから、思ったときにすかさず書く、まとまった時間が取れなければメモを取るプロットを書く、ということを勧めたい。
こういうのはいわゆる千本ノックでもあると考えている。本来ならば必ずしもスピードは必要ないのだが、自分の脳の中にある萌えを書き出すのにはスピードがいると私は思う。自分の萌えをひとつ残らず書き出してみてから、いるいらない、萌える萌えないの取捨選択をすればいい。

 

文章の書き方などの本は無数にあるけれど、正直、読むより手を動かした方が早い。四の五の言わずに書いたらいい。それは別に人に見せなくてもいいんだから。
文章を書こうと思っているという方の中に、うまく書けないと悩まれる方がとても多いと感じている。私はそんなに悩まなくてもいいと思う。
一発で素敵な文章を書こうと思わなくていい。私は何十年経っても未だに書けない。書いた文に延々手を入れまくっている。
素敵な文章が天から下りてきてそれを万年筆で書く、というスタイルの天才的作家は極々稀だ。そんな方は今すぐ職業作家として大成できる。(とはいえ同人をしていてそういう方にお目にかかることも結構ある)
それはとても憧れるけれど、それをめざさなくていい。書きたいのは素敵な文章ではなく、自分の気持ちのほうなのだから。
書いて書いて、ぐちゃぐちゃに書き尽くして、そこから考えたらいい。

 

というのが私の現時点での考え。
メソッドというほどのことでもないが、なにかひっかかるものがあれば幸いです。

書くことに煮詰まったときにすること

2年ほどブランクはあるのだが、25年ほど小説同人を書いている。
ノウハウというほどのことでもないのだが、書くことに煮詰まった時にどうするかという話をしたいと思う。

小説を書くのが上手になりたくて、色々試してきた。
上手な友達と合宿したり読み合ったり、お勧め本を読んだりライター講座を受けてみたり。色々試した。

私はとにかく切羽詰まるのが嫌だ。
時間が足りなくてやっつけ仕事になるのも嫌だし、手癖で同じようなオチに持ってくるような顛末になることも嫌だ。時間がないことにパニクるし、雑になる、不本意な結果になることが目に見えている。
書くことは多少慣れているけれどもそれほど文章も上手じゃないし、直して直して本にしているので、手を掛けるなら時間がいくらあっても足りない。
でも手を掛けすぎ、自分の中であっためすぎても良くないのもわかっている。
自分の書いたものに『終』をつけることが一番難しい、と思っている。どこまで書くか、どこを削るか、自分をどこで納得させるか。それを時間のない中でやっつけにするのがとても嫌だししんどいのだ。

色々方法は試してきた。
書き方を変える、テーマや縛りを決める、表紙を友人たちに依頼する(表紙やタイトルを決めると方向性が決まる)、など。
でも結局自分のやり方を決めたほうがモチベーションにつながるのではないかと思う。

 

①スケジュール
書いていて余裕がないのはなんでだろうと思い、スケジュールを組むことにした。仕事のスケジュール作成と同じだ。どのくらいの本になるか考え、入稿日を決め、そこから逆算する。例えば20ページ書くのにどのくらいの時間がかかるかは今までの経験で大体わかるので、ペース配分を考える。仕事の繁忙期や体力、休みを加味したペース配分を考える。
余談だが、友人の誘いは断らないことにした。
昔は原稿があるからとお誘いを断ってきたのだが、根詰めて原稿するより、息抜きに遊びに出たほうが効率が上がるようになった。その時間もスケジュールに入れる。今週はここまで書く、という目安を立てる。
体調不良・繁忙期・平日の残業等があることを想定した時間にしている。昔に比べて時間も取れないし体力もないので、書くペースも遅くなっているので結構大事。

②プロットを立てる
有益だなと思っているなのはプロットを書くことだ。
私はノートにざっと書く。これでラストまでの道筋が書けたらもう終わったようなもので、一番時間がかかるところでもある。なのでノートをもって職場にもいくし喫茶店にもいくしうろうろする。スマホに下書きを書くこともやってみたが、どうにも性分に合わない。私はノートにペンで書くのが一番進む。

とか言っておいて、先日に出した本は時間もなく久しぶりに一発書きなんですけど…こういうことは稀。

③散歩する
とにかく歩き回る。歩くと頭が整理されるのでよくする。目的地はなくて、近所の神社だったり少し離れたショッピングモールやホームセンターだったり。気が済んだら家に向かって帰ってくるんだけど、家に帰りつく、というときにはたとアイディアが湧いてきて散歩延長したりする。

④美容室
ここぞというときの手だが、人に頭洗ってもらったり綺麗にしてもらうと気分が変わる。友達とも職場の人とも違う人と話すことで味わう新鮮さが刺激になる。エステに行く、ネイルをしてもらう、コスメカウンターに行く、もいいかもしれない。

⑤神社仏閣にいく
安野モヨコさんが、手っ取り早く神社仏閣にいくのはあり、聖域だし。
と仰ってるのを聞いて、私も散歩がてら近所の氏神様に行ったり寄ったりするようになった。神頼みというか、新刊出すぞという決意をして帰ってくる。そしてお礼参りする。

⑥睡眠・食事
小説書きは特に、寝ないと始まらない。睡眠は脳のデフラグなので。長丁場になればなるほど寝たもん勝ち。
忙しい時ほど手軽でジャンクなものになりがちだが、胃やメンタルに直結するので、結局自炊することになる。料理もまた気分転換になる。
これまた余談だが、カンフル剤として焼肉・牛肉を食べる、という方法も裏技として効率的だ。タンパク質の栄養素は語るまでもないが、肉を食べる、というのは前向きな意志を保つのに有効である気がしている。

⑦インプット
日頃からされてると思うけどインプット大事。読書・映画・ドラマ・観劇など。
ちなみに私は落語を見始めるようになってから意識が変わった。この話はまた改めてしたい。
⑧執筆とはまた別の作業をする
料理でも陶芸でも手芸でも日曜大工でもなんでもいいので、別の作業をすると一時脳が休まる。

⑨休む
疲労だ、疲れた、もう何も出ねえ、というときは一週間くらい休むのも戦略。そのためのスケジュール。正直休まないと疲れは取れない。
二年ほど同人を辞めていた時期があるのだけど、今となってはそれが良かったと思う。その間色々な経験をしたし、好きな気持ちを再認識できたし。

⑩一つの話をあっためすぎない
大事に大事に書くのはいいことなんだが、手入れをしすぎない。
飽きるし、上記で書いた、『終』をいつまでも打てなくなる。辞め時がわからなくなるし、いつまでも納得できなくなる。
なので、ま、いっか、というのも大事。

 

ここまで書いて思ったけど、そんなに時間かかんないか。私だけか時間かかるの…
早く切り上げて入稿したほうが絶対いい。私みたいに原稿書くことに振り回されないほうがいい。趣味なんだから楽しくやったほうがいい。気が乗らなかったら辞めたっていい。でもある程度苦しまないと原稿はできないのであった…。エンドレスエンド。

彼女のこと

昔話をさせてほしい。中2の春のことだ。

クラス替えがあり、私はA組というクラスになった。

一年の時、ひどく大人げない嫌がらせを受けて辟易してた私は、そのメンバーの誰とも一緒のクラスにならなかったことに本当に安堵していたのだが、友達と呼べるような人が新しいクラスの中にいない状態だった。

なんとなく皆が新しいクラスメンバーの顔色を見ながら、友達を作ろうとしていた頃だったと思う。

たまたま話すきっかけがあったのが、背の高く、色素の薄い髪と瞳をした子だった。

その彼女、自己紹介の時に、名前をもじったパンダみたいなあだ名で呼んでくださいって言ったもんだからクラスがどよめき、以降先生やクラス中からそう呼ばれるようになった。今で言う陽キャなのかなと思ったが、それは精一杯の虚勢アだったのだとすぐにわかった。彼女も前のクラスで謂れのないいじめをうけていた。それくらい大人しい子だった。でも決して大人しいだけではないと後日気づくことになるが。

 

なぜそう言う話になったのかは思い出せない。

たまたま私と彼女が休み時間、机に向かい合わせになって互いを探りながら絵を描き出した。その時彼女が描いたのが、コバルト文庫藤本ひとみさんのバラ物語の女の子のイラストだったのだ。私はその話が繰り返し読むほど大好きだったのですぐにわかった。

それ、コバルトの藤本ひとみさんの本の絵だよね?と。

それがきっかけ。

 

彼女は読書と音楽が好きな子だった。勉強ができて物静かだが努力の人だった。

彼女とはたくさん話したけれど、大概読んだ本の話、好きな音楽の話をした。

よく笑ってよく遊んだ。そのうち他に3人の同じような仲間が加わり、遊びに行ったりクリスマス会をしたりするような仲になった。

楽しかった。他愛もないことで笑い転げて大騒ぎした。中1の時のクラスとは比べ物にならなかった。周囲の子たちは皆頭がよくて年齢の割に大人で、嫌がらせなんて子供みたいなことするような子たちはいなかった。


高校に入ってからも彼女との仲は続いた。さらに仲良くなった。

大して勉強できなかった私も一応受験勉強を頑張り、彼女と同じ高校に合格できた。

朝迎えにきて自転車で一緒に登校して、同じ部活に入り、一緒に下校した。クラスは違ったけど、

学校が閉まるギリギリまで話したり、キャンプ行ったり自転車や電車に乗って遠出したり、買い物行ったりカラオケ行ったりミスドで話したり学祭で騒いだり、思いつく限りの高校生の娯楽を彼女と過ごした。

大学こそ別れたけれど、帰省すれば会えたし、車を手に入れた彼女に、高校生の頃とは比べ物にならない機動力でたくさん遊びに連れて行ってもらった。

勤め出してからも、ライブや海外旅行、スキーに温泉。夜遊びもしたし飲みにも行った。ど田舎の彼女の転勤先に何度も遊びに行ったし、勤め先で知り合った友達経由て仲間ができてドライブや温泉にいったりもした。

話題の筆頭は大抵最近読んだ本の話で、久々に会うなり、最近何か面白い本読んだ?だった。教えてもらったり教えたりして情報交換した。まだインターネットがそれほど普及しておらず、彼女との情報交換は貴重だった。二人で本屋に行けば、三時間は出てこず、毎回、もうやめようね、と言い合うのにまた懲りずに本屋に行く、の繰り返しだった。

 

そのうち彼女は結婚し、子供が3人生まれた頃から会う機会が減っていった。それぞれ生活があるし、私も上京して、なかなか会う機会もなくなっていった。でも会えばすぐ爆速で話ができるくらいの仲だ。

年賀状のやり取りくらいになっても互いの近況をやり取りしていたが、コロナ禍を挟んだ頃から年賀状のやり取りが途絶えた。私も喪中が続いたのであまり何も考えていなかった。共通の友達がいるし、実家だって家族だって知ってる。仕事が大好きで家族が大好きな彼女も忙しいながら頑張っているのだろうと思っていた。


先月の夜のことだ。旧友が電話があった。忙しくしていたので出られず、翌日掛け直そうとしていたら、翌日の仕事中にまたその友達から連絡がきた。

ショートメッセージに、彼女がなくなりました、と。

昨日の電話はそういうことか、と理解した。でも訳がわからない。

仕事を抜け出して電話した。そして訃報を聞いた。

彼女はここ数年闘病していて、私だけじゃなく周囲の友達全てに緘口令をしいていた。

たまたま旧友だけが事情を知っていたらしいのだが他に言うなと言われていて、でもここ2、3年のことは旧友も聞けずにいたらしい。

水臭いと思った。そんな他人行儀な仲ではない。

旧友も全くその通りだと言っていたが、結局彼女の意思を尊重した形になった、と。

連絡した日が通夜だと言うので、仕事中(しかも炎上中)の私は当然行くことができず、その場で電報を打ち香典を旧友に立て替えをお願いするしかできなかった。


正直、どんな心持ちでいればいいのかわからない。

悲しい、寂しい、悔しい、喪失感、どんな言葉でも言い表せない。

彼女の葬式も行けず顔も見ていない。ただ亡くなったという事実だけがあって、それを受け止められず、うまく飲み込めずにいる。


ぽつぽつと旧友とやりとりをする中で、昔のことを思い出す。

これは彼女と感想を言い合った本、この音楽は彼女と夢中になって聞いた曲。

アーティストのライブに一緒に行った、この景色を彼女と見た、と。


彼女の愛はデカくて重くて、正直若干ウザくて、私が面倒であしらっていると冷たい…って凹んで泣いて。

大人しいけど頑固でこうと決めたらテコでも動かず、自分で決めたら黙々とやり遂げる人だった。

こっぱずかしくかしくて言ったことなかったけれど親友だった。たった一人の。


これを書いていてようやく涙が出てきた。

電車の中である。本当にやばい。こんな時に限ってハンカチも手ぬぐいも手元にない。

滅多に乗らない路線の空いている電車なのでいいか。よくないけど止まらん。なんでこんな時にイヤホンからまちがいさがし流れているんだ…


彼女に言えなかったことがある。

私が本当に愛してやまない本に出会ったことを彼女には伝えていない。

今も夢中で追いかけていて、二次創作にのめり込んでいること、児戯のような文を書いていることを国語を教えている彼女には言えなかった。BLという言葉もまだなかったし、なんと説明したら良いかわからなかったし。

その本を、いつか彼女の墓前に供えたいと思う。これが私が今一番おすすめの、現在進行形でハマってる本だよと。本を供えるのが彼女は一番喜ぶと思うから。

今頃コバルト?って笑うかもしれないけど。

しまった放置しすぎた

半年以上も放置してしまっていた…
遊んでいたわけじゃないんですよ、1~4月はみっちり原稿してまして
おかげさまで5月のスパコミに新刊が出ました。
イベントはとても楽しくて、アフターもとても楽しかったなあ…
ということで来年に向けて、ぼちぼち活動し始めようと思っております。

で。
新刊はでたけれども、自分の新刊については思うところがあってサンプルを
出さず、webには今後出さないと言ったわけですけれども。
それで手に取ってくれ、というのも傲慢な話だなと思いまして、
230ページも書いたので、所管でも書いていこうかな、と。

【タイトルについて】
数年前にオメガバースの本を書き、それがあちこちでお褒めを頂いたので
いつかまたオメガバース書きますね、と言っており、そのお約束が果たせたので
良かったかなと。
その時の御礼もこめて、その本につながる話を、というのが今回書くテーマに
なった。

短編①最後の蝶
そもそもの発端になる話を書こうと決めてスタートした話です。一番スタンダードなオメガバースかもしれない(この中では)。
孤独な受とエリート(自覚なし)攻という風に書いたのですが、そこはあまりメインにはならなかったかもしれない。山の中の話なので人間以外も出そうとクロヒョウ(小太郎)をだしたらがなんだか人気でうれしい。
この話が後々の話に影響してくるので、設定は一番悩んで、1~2月はずっと設定を決められず、弄って書き直しては戻したりしていました…それが時間かかった原因。

短編②死にたい夜に限って
勃たない攻と不感症の受、という萌えが唐突に生まれて、そこからできた話。
これについては大変デリケートな内容だし色々酷い話なのだけど、この話の結末は私は気に入っている。

短編③水のない水槽
この話は…一番苦労して一番書いて一番消しました。
一か月くらいかけて書いたものを泣く泣く消したりして、最後まで苦しんだ。
もっとだらだらと長く、攻めは人でなしだった。
番というシステムが実は残酷で容赦ないものであることを書いている話は少ない、
番という都合のいい言葉の裏で苦しむ人もいるに違いない、ということは薄々思って
いたので、そこをかけてよかった。これは怒られるかも、と思っていたけど実際は怒られてない。

短編④秘密の花の庭
これまでだらだらと書いてきたことをここにつなげようと書いた話。
これは私のオメガバースを面白いと思って読んでくれた方に向けて書いた。
ここにつなげるために200ページ書きましたよ、と笑


しばらくは休む!と思ったのだけど、あっという間に二か月過ぎ去ってしまい、
そろそろ頭では次のネタをこねくり回し始めています。
次はどんな話にしようかな。

本年もどうぞよろしくお願いいたします


バタバタしているうちに年が暮れ、明けました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年明け早々から災害や大きな事故事件が多発しており、当事者ではなくとも心中穏やかではない日々を過ごされていることと存じます。御身大切に、ご安全にお過ごしください。

さて。
私は昨年末に仕事を納めまして実家に帰省中です。
まとまった時間があるから原稿できるぞ!と思ったものの、ほとんど手が付けられていません。
親のフォロー、甥の遊び相手、家事などで忙殺しており、そんな暇ないじゃん!!!となっています。こうなれば自棄です。休みまくってやります。
幸い、仕事始めは来週からなので、そこまでは休暇を楽しみたいと思います。

自室で原稿をやっていても煮詰まるのですが、久しぶりの実家で作業するといって落ち着かないのですよ。すぐ呼ばれるし。パソコン触っていたら、私のパソコンも見てほしい…と両親がそれぞれ自分のパソコンを持ってくる。たいして腹も空かないのに定時にご飯の時間がやってくる。親のテンポに付き合っていたら日が暮れる(ハッと気づくと数日経過)わけです。

家族と暮らしつつ、仕事もしつつ、原稿やって本書いて、SNSもやってネコチャンワンチャンと遊んで、という方は本当にすごい。どうやって時間を捻出しているんだ。本気で知りたい。
   
15年ほど前は年寄りの介護や看病をしつつ本出していたんだから、出来ないわけがないんだよなあ…とは思うのですが。あの頃はあの頃で大変だった記憶はあるのですが、どうやって過ごしていたのかほとんど記憶にありません…
(あの頃介護してるというと、体験者の方たちからたくさん慰労のお言葉を頂いて、あれは本当にありがたかったです)

閑話休題
5月のSCCの申し込みをいたしました。もう出すしかない。退路を断つところからが本番の気がします(笑)
頑張ります。

全然間に合ってない

原稿やってます。真面目にやってるって!(親に漫画読んでいるところを見つかった子どもの言い訳)

平日は仕事もあり、なかなか作業できず、メモ取ったり資料図書読んだりが中心ですが、土日にはなるべく進めるようにしています。


今回テーマに沿った短編集を、ということで、
プロットを書き出しながら、他の短編のネタをこねたり、
とかけもちをしながら進めています。

プロット会でネタだししたものよりも書きたいものが増えて、すべて詰め込んだら書く時間足りないな、と冷静に思ったりして…。我に返ると怖くなるからあまり考えないようにしています。
今は、少しでも時間を見つけて一行でも先に進めたい、と作業を進めているところです。

ただ例年だと、一月くらいからどうするかなあとぼんやり考え始めて、実際に動き出すのが二月三月、と考えると、スタートはかなり早いです。今から方向性がまとまっているので、私としては今までにない、奇跡のような真面目さ!ではあります。…自分で言いますが。

昔のように原稿中心で連日夜遅くまで原稿を、ということはできないし、仕事もあるし、体力も集中力もないし、という自覚があるので、前倒して進めるしかない…。

昨今話題の、大きなイベントの印刷所さんのひっ迫状況を見ていると、〆切早まりそうだな、と思ったり、
表紙どうしようとか(書く量がわからないので背幅決まらないし・・・)とか。
その前に原稿だろう、なんて考えるとあっという間に三月とかになっちゃいそうだな(震え…)とか。

あああああ
皮算用で不安になるタイプ)

原稿に戻ります。

第一回プロット会

先日、有志によるプロット会が開催されました。

来年五月のスーパーコミックシティに新刊をだそう、もしくは、創作しようぜ、という趣旨で募集をかけたところ、5人の方が手を挙げてくださいました。初めての試みということもあってどんな会になるかと思っておりましたが、大変有意義な時間となりました。

改めてご参加の皆様ありがとうございました。

 

当日は参加者が各々プロットを持ち寄り、参加者に見せながら説明して、その後意見交換、という流れで進行いたしました、

まだ半年以上も時間があるため、それぞれの進み具合の差はありましたが、皆趣向こらしたプロットを持参してくださいました。

作りたい本のイメージやコンセプトまで固めてきている人、ざっくりした案で展開を相談する人、意欲作をやってみたいけれど力量が…と悩む人など五者五様で、それに対して、活発な意見、感想が交わされました。

それぞれ気づきがあり、刺激になった、というお声もいただきました。

いいだしっぺとしては、プロットの進み具合如何より、やる気やモチベーション維持ということが最重要かと思っておりましたので、参加者が楽しかった、やる気出た、と言っていただくのはとてもありがたいことだと思っています。

そういう意味では大成功な会でした。

 

⚪︎よかった点

・自分以外の人たちの創作の種に触れることができ、刺激を得た。

・ほかの人に意見をもらうことで、新たな気づきを得た

・人に見せるための説明資料を作成しながら自分の思考を整理できた

・モチベーションがアップした(モチベの維持は課題)

 

⚪︎悪かった点

・会場は申し分なかった(広さ、価格、交通の便など)が、wi-fiが重く、クラウドサーバへのアクセスやファイルの開閉などに時間がかかった

 

⚪︎今後の課題

wi-fi環境のよい会場選定

・ネットワーク環境改善により、リアル参加できない方のオンライン参加

・モチベーション維持のための施策(進捗どうだい?というお茶会、オンライン会などなど)

・創作のためのコミュニティ的オンライン交流の場(bbs的な…)があるとよいかなあ

 

私自身、今までも、創作にまつわることは友人間で話したりノウハウの共有したりをしていたのですが、新たな目線で創作を確認できる良い機会となりました。

コロナ禍を挟み、サークル参加をためらったり、お尻が重くなったり、新刊を作る機会を失ったりしている方もいると思うので(私含め)、今後もぜひ続けて行けたら、と考えています。機会損失はジャンルの損失でもあると思うので…

 

本を作ることがすべてではない、とは思います。お金もかかることですし、時間も労力もかかる。自分のサイトや支部にアップしたほうが

圧倒的に見てもらえるじゃないかという意見もある。

ですが、本を作る楽しみというものは他には変え難い魅力があると思っています。

少しでもよきものにしようという努力や、達成感は、やはり作ってみて初めて味わえることなのではないかと。

それを自分の好きなジャンルでできるとしたら最高だなと。

 

また、個人的には、ミラージュ以外の他ジャンルの方に、どういう風に本を作っているのかはうかがってみたいところです。

ジャンルが違えば、風土や文化、暗黙ルールが違ったり、何をモチベにしたりどのように活動されているかは違うと思うので。

私がいうのもなんですが、同じジャンルに長くいるより、広く他のジャンルを見て視野を広げるというのも、創作においては刺激になるのかなあと思っています。他ジャンルでの活動を経て、より魅力的な本を作られるようになった方

もたくさんいらっしゃるので。

 

ということで、大いに刺激を受けまして、只今原稿を進めております。まだ全然一合目にも至らず準備体操段階ですが。経過は追々こちらでもご報告したく。

みなさまよき創作ライフを。